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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

太鼓橋 

第1回


倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)




  1
 
床屋の嘉平が暖簾を分けて顔をのぞかせ、「今日も暑くなるぜ」と空を見上げて呟き通りに打ち水を柄杓で撒いた。真っ青な空のなかに白い雲がぽっかりぽっかりと泳いでいた。嘉平は丸顔の福耳で二重の俗に言う縄文顔の中肉中背の男であった。髷には白いものが僅かに散っていた。前掛けを少し下腹の出た腰に巻き手ぬぐいを首に掛けていた。ここまで汐入川で積み荷を上げ下ろしする川人足の声がきこえてきていた。これから綿の積荷で賑わうはずであった。
梅雨が明けた頃のことであった。蝉時雨が盛んに空気を振るわし下りてきていた。
 嘉平の店は大店と蔵屋敷が並ぶ汐入り川と中腹に観竜寺のある鶴形山の間を東西に走る本町通りにあった。後ろにはなだらかな坂道を上ると阿智神社の社が見えた。倉子城村ではこの通りが一番賑わった。酒屋、提灯屋、呉服屋、下駄屋、傘屋、鍛冶屋、旅籠、めし屋、八百屋、魚屋、米屋、油屋、紙屋、ここに来ればひと通りの入り用のものは調った。
 この倉子城では床屋が火消しを兼ねていた。村の事情に精通していたからだった。客は髪を結って貰っている間に噂を落としていった。それを拾っては頭に記憶していた。だが決して人には言わなかった。それは客商売の不文律であった。
「これから嫌な季節になるわね」
 嘉平の女房のおたねが出てきて頭にかぶった手ぬぐいで膝の塵を払いながら言った。嘉平より一回り近く若い様に見えた。
「瀬戸の夕凪、夕方にばたっと風が止み蒸し風呂・・・。これがなけりぁ水も食べ物も美味しいし・・・言うことはないのだが」
 嘉平がおたねにかえした。
 嘉平とおたねはこの地の者ではなかった。
「ここに来て早二十年になるわね」
「そんなにか、早いものだ」
 そう言って嘉平は遠くへ眼差しを投げた。
 この村人のなかで嘉平の昔を知る人はいなかった。言葉の端々から関東からの流れものだと言うことは想像できたがそれ以上は詮索しなかった。生活ぶりと人柄から昔のことなどどうでもいいという思いにさせていたのだ。この二十年、嘉平とおたねは真面目に暮らし人に恨みを買うようなことは無かった。店も繁盛し信頼を得て火消しの頭になっていたのだった。

 2

 倉子城村の真ん中を流れる汐入川は高梁川から枝分かれして児島湾に流れこんでいた。倉子城に集まる荷は汐入川から児島湾の小串で大船に積み替え大坂へ運んでいた。また、高梁川の船着き場四十瀬の渡しで荷積みをして高梁川を下って連島の沖の亀島から大坂へと言う二つの海路があった。
 嘉平は暇なときは店をおたねに任せて遠くまで出歩くことが多かった。川西町や連島の角浜の遊郭へ行くのではなく自分なりに道程や人家の模様を頭に叩き込むのが目的だった。
 高梁川には高瀬舟が荷を積んで松山(高梁)から下津井へ上り下りをしていた。四十瀬の渡しには村が出来ていた。四十瀬は荷が集まりそれを積み降ろす人足達の長屋や船大工、鍛冶屋、茶店、めし屋、が一つの集落を作っていた。
 遠くからでも見える銀杏の木が聳えていた。その中で雀が群がって遊んでいた。子供達は銀杏に群がる雀に石を投げて獲ろうとしていた。倉子城からは一本道だがみんな銀杏を目指して歩を運んだ。その銀杏の下にお鹿の茶店があった。秋になって銀杏の落葉をはき集めるのは一苦労だがお鹿はいとおしそうに掃き集めていた。四十瀬の渡しあたりには綿が植えられていた。川向こうの中島や西阿知や水江にも綿の畑が広がっていた。米より綿の方が値が良かったからだった。中州の土地が米に適していなかったと言うこともあったのだろう。その頃は高梁川とは言わず松山川と言っていた。中島、西阿知、水江は松山川が流し出した土砂で作られた広大な中洲であった。それを挟んで川は東西に分かれて流れていた。東松山川と西松山川と呼んでいた。山陽道は倉子城の北の山沿いを通っていた。山手、清音、川辺の渡し、真備、矢掛、井原、福山へと続いていた。

 3

 帰りを急ぐ嘉平は四十瀬の銀杏をめざしていた。
「夕立でも来るか・・・」嘉平は舌打ちした。
 空には入道雲がもくもくと広がり北の空がたちまち黒ずんで来ていた。
「二十年か・・・あの日も夕立の・・・雨宿りに大店の軒先を借りてやり過ごそうとしたところでおたねに逢った・・・」嘉平は遠くへ眼差しをなげて言った。
 
いいところの下働きの下女らしく身なりはきちんとしていた。大きな風呂敷包みを大事そうに胸に抱えていた。年の頃は十二三に見えた。
「なあに、夕立だ、直ぐ通り過ぎるよ」
 嘉平はその女に軽口をたたいていた。
 嘉平は彫金師に弟子入りをしたが長く続かず一人前になる前に辞め大工や差し物大工もやったが長くは続かなかった。若かった嘉平は血の気が盛んで喧嘩に女と遊び歩いていたからだった。今では表具師のまねごとをしてその日のめしの種を稼いでいた。嘉平は古着を下地としてその上に表装し表具師のまねごとをし、珍しがられて評判になろうとしていた。今日も古着屋周りをしての帰り路だった。
 娘はおびえたような表情で嘉平を見たがこっくりと頷いた。
「帰りは近いのかい」
 娘は首を横に振った。
「そうかい、急ぐのかい」
 娘は頷いた。
「ここで待っていな、そこらで傘を借りてきてやるから」
 そう言うと嘉平は雨の中を走り出していた。嘉平の後ろ姿を娘は心配そうにながめていた。
 嘉平は何処で都合を付けたのか直ぐに戻って来た。
「気を付けて帰りなよ」
「すみません。この荷物は婚礼の衣装なのです、それを届けに・・・。傘は・・・」
 娘は小さな声でそう言った
「なに、ここで逢ったのも何かの縁だ・・・」
「私は大黒屋の下働きのおたねと申します、このご恩は忘れません」
 おたねはそう言って裾をからげて雨の中へ消えていった。その後ろ姿に嘉平は元気でやりなと言葉を落とした。

 4

「こりゃあ大変だ・・・」
 嘉平はそう言って走り出していた。四十瀬の銀杏の木をめざした。北の空がにわかに真っ黒くなりだんだんと大空を覆う様に広がり始めていた。稲光が走り落雷が轟き空を裂きながらだんだんと近づいてきていた。茶店に急ぐ人の数が増していた。
 銀杏の側のお鹿ばあさんの茶店で夕立をやり過ごそうと嘉平は考えたのだった。ついたとたんに大地に雨粒は突き刺さり水しぶきが散った。銀杏の木の葉が激しい雨にあってざわめき悲鳴に似た音を立てていた。
「どうやら間に合ったようだね」
 お鹿は息が上がって咳き込みそうになっている嘉平に声を掛けた。
「ああ、ようやく・・・俺も歳を取ったものだ」
「あの頃はまだ若かったのにね・・・」
「・・・」
「もう二十年も前かね・・・嘉平さんがかわいいおたねさんとこの倉敷村へ来たのは」
「そんなに突っかかるもんじゃねえよ」
「訳あり同士・・・そんな匂いがしたんだよ」
「お鹿さんにはかなわねえよ」
「まあ、茶でも飲んで少し話でも・・・冥土への土産話と言うところ・・・」
 お鹿は奥に入って茶の用意を始めた。店は通り雨待ちの客で賑わっていた。一通り客の相手をしてお鹿は嘉平に茶を持ってきた。
「月日の流れるのは早いね・・・おたねさんは息災かね」
「ありがとうよ、今じゃあっしがこき使われているぜ」
「夫婦はそうでなくちゃ・・・私だって・・・」
「お鹿さん、何十年になるんだい」
「歳かい」
「ここに来て、この倉子城に来てだよ」
「なにいってんだよ・・・わたしゃ・・・」
「根っからの地の者ではあるめえ」
「今日は嘉平さんのことを・・・私の事は・・・」
「話が聴きてい」
 嘉平は茶を啜って言った。
「四十年かね・・・ある人をここで待っているのさ・・・それより嘉平さんの話を・・・」
「あっしだって、一度通り雨を軒下で・・・それが縁で・・・」

 5

 和紙を貼るより古着の布を下地として使い表装する事が粋な江戸の人々には評判になっていった。嘉平はどぶ板長屋から表通りに店を持ち丁稚を二人雇う身になったのはそんなに時がかからなかった。
「これも無垢なおぼこを助けたご褒美か・・・いいことはしておくものだ」
 嘉平は時にそう思った。
 黒船が水と食べ物が欲しいと下田に現れて幕府を驚かせたのはそんなときだったか・・・。
御家人の勝小吉の子に生まれた勝麟太郎が海舟と名乗る頃のことである。江戸の町も勤王だ佐幕だと騒がしくなり八百屋町の往来も物騒になっていた。
嘉平は相変わらず仕事に勤しんでいた。
嘉平があのときの娘にあったのは・・・。
夏の夜、嘉平が古着屋から買い込んだ古着を背負いながら帰っていると大店の裏口から娘が着ていた物をはだけて飛び出して来た。嘉平を見るとはだけた胸を破れた着物で隠した。
「どうしたんだ」
 嘉平は叫んだ。そのときその娘があのときの娘だとは思っても見なかった。
 娘を追って男が現れた。男は腰に大小を差していた。この頃の商人は名字帯刀を許された者もいたから酔っぱらいの商人かと思った。
「言うことを聞け、悪いようにはしない」
 男の声音は少し御神酒が入っているのか言葉が濁っていた。
 娘はうずくまりふるえていた。
「言うことを聞けばこれから一生不自由はしないで済むのだぞ」
 娘は首を激しく振った。
「娘さんが嫌だと言っているんだ、いい加減にしたらどうだ」
 嘉平が中に入った。
「黙れ、おまえには関係ねえ」
「おまえさんは大店の主ではないのだな・・・野党か」
「喧しい邪魔をするな」
「この人達が押し込んできてみんなを・・・」
 娘はちいさく言った。
「正義のため悪徳商人に天誅を下したまでのこと」
 男はそう言いはなった。
 その頃天誅組が大店を襲い金品をせしめる事件が頻繁に起こっていた。
「天誅だと笑わかしちゃぁいけねえ・・・正義のためだといやあ何でも出来る世の中になったのかい・・・おめえがやっていることは押し込み、人殺しと言うんだよ・・・そうと聞きゃあ黙ってはおれねえ」
「やるというのか、儂は強いぞ」
「天誅組がこの娘を・・・どぅしょうと言うんだい」
「いい目を見させてやろうというのだ」
 男はすごんだ。そして、太刀を嘉平に向けて振り下ろした。
 嘉平はひょいと体をかわして逃げた。
「おまえは町人ではあるめえ」
 男は嘉平めがけて太刀を横に払った。嘉平は体をかわし身構えた。
「言ってわかる奴では無いらしい・・・」
 嘉平は懐の匕首に手を掛けた。
「目を瞑っていなよ」
 嘉平は娘に声を掛けた
「何をこしゃくな」
 男が上段から振り下ろしたとき嘉平は男の懐に入っていた。
 男はその場に崩れおちた。
「済んだよ」
 嘉平はなにもなかったように娘に声を掛けた。
 娘が目を開いたときにはなにもかも終わっていた。
 嘉平はその娘があの夕立の中で会った娘だと気づく前に娘が、
「あのときの・・・」
 と言った。
嘉平はなぜか悲しかった。こんな出会いはしたくないと思った。
「天誅組は何人いた」
「三人・・・店の者はみんな殺されて・・・」
「見られたか」
「はい」娘は肯いた。
「あぶねえな・・・生き証人はおまえさんだけと言うことになる」
「私はどうすれば・・・」
「帰る所はあるのかい」
 娘は頭を横に振った。

 6
 
「生きているといろいろとあるね・・・ここでの二十年間嘉平さんは必死に生きていたね・・・」
 お鹿はそう言って雨にたたかれる銀杏を眺めていた。
「わたしゃ、この四十年ここで待っている・・・あの人は島から帰ったらきっと帰ってくると言ったから」
「娘のようななおたねをつれてこの倉敷へ・・・なにもなけりゃあそんなことはしなえ・・・。お鹿さんの・・・人の裏も表も知っているお鹿さんの想像に任すよ・・・」
「嘉平さんは一体何者だい」
「髪結い・・・床屋さ」 
 嘉平は笑って言った。屈託の無い頬のゆがみのようだったが哀愁が漂っていた。
「諸中肩が凝っている」
「重たいのかい・・・」
「背負っている荷物が重いのかもしれなえ」
 嘉平は素直に喋った。
「おたねさんは今何歳に・・・」
 お鹿が尋ねた。
「さあ・・・三十三四になっているだろう」
「女の盛りだ・・・夫婦になっていないね・・・」
 嘉平はそう言われて驚いた。お鹿の眼力に一瞬たじろいだ。
「やはりね、嘉平さんらしいよ・・・でもそれではどちらも寂しい生き方を送ることになるよ」
「お鹿さんにはそう見えるかい」
「早く夫婦におなりな・・・おたねさんが可哀想だよ」
 夕立が少し小降りになりかけていた。銀杏のざわめきが少しだが静かになっていた。北の空が明るくなり広がり始めていた。
「好いて好かれていてどうして・・・江戸で何かやんごとないことがあったんだね」
「心の中にじっとしまっておかなくてはならないことの一つや二つはあるものだよ」
 嘉平はおたねの心を測りかねている自分をしっていた。それに・・・。これは例え何人にも漏らしてはならない秘密を嘉平はかかえていたのだった。
「夕立はいいねえ、通り過ぎるとぱぁと晴れて・・・人の心もそうはならないかね」
 お鹿がしみじみと言った
「今度通り雨の時に雨宿りをしたときにでも話すよ・・・あっしの話もそこらあたりに幾らでも転んでいる話だが・・・」

 おたねは引き戸を開けて夕立のしぶきを眺めながら嘉平を思い・・・あの最初の出会いを思いだしていた。

 7
  
「名前はなんという」
 嘉平はぶるぶると震えている娘に問うた。
「うちは・・・おたね」
 おたねはちいさく言って嘉平をじっと見詰めた。
 天誅組は押し込み全員を殺し金品をせしめ、見られおたねに逃げられそれを追って出た男が殺されていたとなると疑われるのはおたねだと嘉平は言った。顔を見られているとなると捜すだろうと思った。
「付いてくるかい」
「はい」
 嘉平とおたねは短いやり取りをして歩き始めた。
 嘉平は店に連れて行って家のまかないを任せることにした。
 おたねは少しずつ落ち着いて行った。
 嘉平は相変わらず表具師として商いをしていた。が、何者かに狙われている様に感じていた。
 ある夜、嘉平は二人組の浪人に襲われた。
「捜したぜ」
 浪人の一人が静かに言った。
「なんのことかわかりませんが・・・」
「娘を囲っているだろう」
「あんた達かい、天誅組を名乗り押し込み強盗をしているのは・・・」
「おまえは町人ではないな」
「町人でなかったらどうしなさる」
「斬る」
 言うか早いか二人の浪人は太刀を抜き上段に構えた。
「おっかねえ・・・」
「儂らはある筋の者の命を受けて動いている・・・世直しの為の正義のためだ」
「そんな正義があってたまるか・・・罪のねえ人間を虫けらのように殺して・・・」
「喧しい」
 二人は一斉に太刀を振り下ろした。嘉平は体をかわし一人の浪人の背に回って匕首でのど元を刺していた。
「やるな」
 もう一人の浪人は少し怖じけたが声高に言って太刀を横に払った。嘉平の体は空を飛んでいた。浪人は崩れ落ちていた。
 嘉平は何事も無かったように古着を包んだ風呂敷を背に負い歩きだしていた。
 ここにいてはおたねに被害が・・・嘉平は思った。
「こうなりゃなにもかも捨てて江戸を立たなくてはならねえ」と嘉平はつぶやいた。
「江戸にいては命がなくなる」
「うちの為に・・・」
「そうじゃねえよ・・・今日は野暮用があるからちょつと出てくるが早く休みな」
 嘉平はそう言って出て行って帰ってこなかった。
 店を職人に任しておたねと旅に出たのはそれからそんなに日が経っていなかった。
 東海道を下り山陽道を下って天領倉子城に着いたのは梅雨にはいった頃だった。
 この地方独特の夜になると風がぱぁたっとやんで蒸し暑くなる「夕凪」には嘉平もおたねも閉口するのだが・・・。


 8

「嘉平さんは器用なお人だったね」
 お鹿は嘉平が倉敷でいろいろな仕事をしながら床屋を開いたことを言った。
「知らぬ土地に来て西も東もわかりゃあしない・・・川人足から船頭、魚屋、大工となんでもやったよ」
「そんなお人が床屋をね・・・」
「おたねが大店で下働きをしていたときに習っていたらしい・・・」
「おたねさんがね・・・それは・・・」
「疑っているのかい」
「うちが本町の空き家の世話をして・・・」
「店を持ったのは十五年前・・・」
「真面目に働いて繁盛し村人からも信用され・・・今じゃ町火消しの頭領までに出世した・・・」
「みんなお鹿さんのおかげだよ」
「嘉平さんの人柄だわよ・・・似合いの仲の良い夫婦床屋と・・・」
「これから時代も変わるよ・・・江戸幕府は屋台骨がぐらぐらし始めている・・・薩長が勢いを付けてきて・・・」
「また戦いかい」
「代官も高杉晋作が作った芸周口の岩城山の南奇兵隊への見回りに出かける日が多くなっているよ」
「そう言うと嘉平さんも時々倉子城を留守にするらしいね・・・」
「何が言いてんでえ」
「止めとくよ・・・野暮なこった」
「あっしゃ、ただの床屋の嘉平・・・」
「おたねさんをそのままにしていてはいけないよ・・・なにもかも水に流して本当の夫婦になって子供を作りここに根を張らなくては・・・」
「お鹿さんにはかなわねえよ・・・雨が上がった様だ・・・そろそろ、邪魔をしたな」

 その頃おたねは汐入川にかかる太鼓橋の上から川面に映る姿を眺めていた。
おたねは一度嘉平にどうして抱いてくれないのかと聞いたことがあった。
「人殺しの子を産ます訳にはいかないよ」
「だってそれは私を助けるために・・・」
「どんな訳があろうと人を殺めちゃいけねえものさ・・・それに、いいやこれだけは幾らおたねにも言えねえことだ」
 嘉平は苦しそうに言った。
 それからおたねは世間には夫婦を装い兄妹の様な暮らしを続けてきたのだった。

 太鼓橋で川面に映る姿を眺めている所へ嘉平が帰ってきた。
「濡れなかった」
 おたねは聞いた。
「おたね、今まで悪かった・・・なにもかも捨てて・・・その上に心に有る秘密も捨てて今日から本当の夫婦になろう」
 嘉平は少しくぐもった声で言った。

 嘉平にどのような秘密があるのかそんなことはどうでもいいおたねは体を熱くしていた。

 嘉平とおたねがその後どうなったか・・・。

 今倉敷川沿いの大原美術館の側にある太鼓橋は男女の出会い橋としてこの町では言い伝えられている。倉敷川には二羽の白鳥が仲良く泳いでいる姿が見られる。

2007/5/18 草稿脱稿




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